映画:カールじいさんの空飛ぶ家(監督:ピート・ドクター)

冒頭のじいさんの人生ダイジェストが切なくていいんだな。音声が入るのは子どもの頃の出会いのエピソードだけで、あとは無言のまま絵だけで状況を伝えてくる。子どもができなかった夫婦が、ふたりで寄り添い仲睦まじく生きてきた。そして、奥さんが先に旅立ったところから始まる。
3Dで観たのだけど、1万個の風船も大自然の風景も艶やかで奥行きが美しい。伝説の場所・パラダイスの滝のモデルは南米のギアナ高地であった。ちょっと前に何処だか判らない不思議な風景の壁紙を使っていたことがあったが、ここだったんだな。
乗ってきた空飛ぶ家を途中から今度は背負って歩くようになるのだけど、だんだん誓いや思い出をモノに変換して後生大事に引きずって歩いているように見えてくる。夢は夢、モノはモノ。大事なのはその片方だけではない。夢を叶えて目出度しなら楽なんだけども、そこでは終わらない。その先があるのが、ピクサーの甘くないところである。
全然関係ないんだけど、ひとむかしまえ、最初に勤めた会社にパートのおばさんがいた。40代半ばで、こういっちゃナンだが決して美人タイプではなかったし太っていたし凄く仕事がデキるタイプでもなく洒脱な趣味を持っていたわけでもなかった。だけど愛嬌があって明るい性格で、何より旦那さんとお子さんをとても大事にしていた。旦那さんとは本当に仲良しのようで、ベタベタしていると思春期に入った子どもが照れて嫌がるのよー、なんて笑いながら言ってた。
その人を見ていて、本当の幸せってこういうんだろうな、と密かに思っていたのだ。モテモテでいくつになっても現役だなんていう人生は真っ平だ。大事な人を真っ当に大事にして、平凡なんて目指さなくとももともと天才じゃないんだし、好きなことをできる範囲で好きなようにして、後ろ暗いこともせずに済み、たまに辛いこともあるだろうけど基本的には楽しく生きていけるというのは、簡単そうに見えて実は奇跡のような幸運なのかもしれない。
足るを知るという言葉があるが、日常の中に瑣末なゴタゴタというのは常にある。私がネタだらけの星の下に生まれただけかもしれないが、これまでもわざわざ冒険を求めなくともそこそこ起伏があって退屈しなかったと思う。映画の中でも『冒険はそこにある!』が合言葉になっていたけども、普通を維持しつつ楽しんで生きようとするだけで、実はけっこうタイヘンなんだよな。子どもの頃はそれが判らなかったけど。
しかし、こうしてネットに手を伸ばして映画や本の感想を書いている暇があったら、もっと身近なリアルの友人たちに対してマメに大事にしたほうがいいんだろうか、とふと思ったりもする今日この頃。いや、邪険にしてたつもりはないんだけども。
なんにせよこの映画を観て、私は先に死ぬことを心に決めたのだった。あと50年くらいしてから。