読了:異星の客(R・A・ハインライン)

異星の客 (創元SF文庫)

異星の客 (創元SF文庫)

宇宙船ヴィクトリア号が連れ帰った“火星からきた男”は、第一次火星探検船で生まれ、火星に生き残った唯一の地球人だった。この宇宙の孤児をめぐってまき起こる波瀾のかずかず。円熟の境にはいったハインラインが、その思想と世界観をそそぎこみ、全米のヒッピーたちの聖典として話題をまいた問題作。ヒューゴー賞受賞大作!

皮肉なハインライン節全開である。
話の中心に据えられているのは火星から来た男ヴァレンタイン・マイケル・スミスなのだが、主人公はそれを匿うジュバル・ハーショーなのだろう。弁護士兼医師兼作家の物知りでお金持ちなこの初老の男は、おそらく作者自身の代弁者である。
探査船が行った先の火星で生まれ、早く亡くなった両親の代わりに火星人に育てられたマイクが地球に帰ってくる。人外の異文化の薫陶を受けた青年は、地球型の人間の価値観というものをまったく理解していない。例えば火星人は肉体の死を『分裂』と呼び、その後もカタチある霊となって生活を続ける。だから肉体の死は哀しむべきことではなく、ただ単に次のステージに移行するだけの、どちらかといえば喜ばしいことなんである。地球の宗教にも似た考え方はあるが、それはあくまで観念的なものであり、『信じる』ことが必要だ。しかし火星では長老(=霊)とは会話も出来るし、芸術活動もするし、そもそも火星の政治を動かしているのは当の長老達であるという、信じるも何も『事実』でしかないのである。
そうした文化的な齟齬によって、細かい点で生じうる摩擦や意思の疎通の難しさを、地球での政治的な問題に絡めて展開していく前半部は、読んでいて異常にわくわくする。これぞSFである。洋の東西や先進諸国と部族社会などの対比を戯画化しているのはそうなのだろうが、それを細かいディティールで克明に描き出す手腕はさすがハインラインである。こんな風に異世界を見せてくれるからSFを読むようになったのだ、ということを思い出させてくれる。
後半でマイクが新興宗教を立ち上げたあたりから味わいが複雑になっていく。ただ幸せになればいい、全て受け入れ幸せを感じればいい、そうすれば若返るし悩みもなくなる。いいことづくめだ。小説内にしろ効果を見せつけられ圧倒的な説得力でその単純な教理を説かれると、『何故、私はそうしないのか』と考えてしまう。つい有効な反駁を思いつけないまま、もやもやが胸の中にわだかまる。
しかしたとえば火星の観念を言葉にした『汝は神なり』というのが繰返し出てくるが、ハインラインは仏教の悉有仏性から借用したんじゃなかろうか。実際におこった新興宗教に影響を与えたという噂もあるらしいが、このへんの見せ方が実に上手いのだ。罪なほど上手い。同時に出てくるあの世の様子のユーモラスさがなければ、場合によってはこの部分だけ本気にされてもおかしくないだろうなぁ。だけど、『地球人が善くならなければ火星人が地球を滅ぼす』って、『悔い改めなければ罰を下す神様』と同じなんじゃ‥‥はっ、キリスト教の神様って火星人だったのか!(違