オチのない話

相変わらず仕事ばかりしている。
周りがばたばたと大変なことになっていて、人生って難しいなぁと感慨を新たにしているところである。人様の個人的な事情、しかもまったく別々の複数なので詳しくは書かないが、どうにもならないことやかなり苦しい仕儀が予想されることなどもあって、うまく転べばいいけどな、と遠くから祈るばかりである。
私も『人生ネタだらけ』と自嘲しているが、ここしばらくは生きてきた中でもかなり落ち着いた日々を過ごしている。仕事もそれなりにいろいろあるが、まあ安いものの家賃が払える程度には給料が貰え、上司が大変なひとだと苦労することもあるがいまの直属の上司はNo.1もNo.2も現場たたき上げで、ひとりは反応が早くエスプリの効いた切れ味が鋭い上にエスパーのように先の先まで読んでいるし、一方は冷静沈着沈思黙考無言実行口下手だが言うべき事は言うという、それぞれタイプは違うものの間違いなくいわゆる『頭のいい人』であり敬愛すべきおじさんたちである。それでも残業は厭だけどな。
犯罪に巻き込まれることもなく、大病を患うこともなく、職を失う心配もいまのところない。なんと平和なことか。前職では詐欺師まがいの社長に振り回されたし、その前の会社では支店長が使い込みをしていたし、腎炎で死にかけたし入院手術もしたし、これまで勤めた会社では3社ほど会社都合で解雇になったことが夢のようだ。こうして安穏のぬるま湯にずっと浸っていたいものだ。


ところで話ががらっと変わるのだが、残業を終えて帰宅しようとエレベーターを降りたら、同じ階の一番奥の部屋の住人がちょうど出てきたところにいきあった。ちょこっと用事があって出てきたようで、上下スウェット姿の男性である。私が歩くうちに彼もすぐに部屋に引っ込んだのだが、玄関ドアを完全に閉めず10cmほど開けてこちらを見ている。
そこに人がいたらふと確認するように見てしまうというのはあり得る話ではある。なんとなく風体を確認して見るのを止めるのなら判る。しかしずんずん進んでも一向にドアを閉めない。まるで好奇心にかられてこちらがどの部屋に帰るのか見届けようとするかのようにずっと覗いている。
なんとなく違和感を覚え、私はポケットから鍵を出すのを躊躇い、自宅の部屋の前を通り過ぎた。通路にずらりと並んだドアのどれに入るのか、この相手には知られたくないような気がした。意地というより防犯意識である。強盗や性犯罪でよくあるのが、自宅のドアを開けたところで一緒に押し込むというやり方である。またはあの部屋は女だと覚えられるのも厭だ。誰でも疑えばよいというものでもないが、そういう事情もあるので、私は普段から通路に人がいるうちは基本的には鍵を開けないことにしている。
私はポケットに手を入れたままずんずん通路を進み、一番奥の隙間から覗いているドアの前を通り過ぎた。なんとなくドアの向こうで息をのむ音が聞こえた気がした。歩調を緩めずその先の非常階段から降り、建物をぐるっと回ってエレベーターに乗りなおした。再び自宅のある階にあがってみると、さすがにもうドアの隙間は開いていなかったので、素直に部屋に入ったのだった。
特にオチがあるわけではない。せっかく日記なのであったことをただ書いてみた。こういうのは大抵の場合はただの自意識過剰なのだろうが、怖い目に遭う可能性がゼロではない限りは用心するしかない。ただ見てただけで何もしてないのに過剰に疑って悪いが、一握りのクズのためにお互いが窮屈な思いをする、それが現実だ。