映画:『ぼくを探しに』(監督:シルバン・ショメ)


両親を亡くしたショックで2歳のころから口がきけなくなっている青年、というか33歳らしいのでけっこういいトシである。ふたりの叔母にピアニストになるべく大切に育てられ、また年配の人に囲まれて育っているせいか、いつまでも世間知らずな少年のような目をしていて、コンクールもなかなか新人部門から卒業できないでいる。口がきけなくなったほどショックを受けたのだけど、そのとき何があったのかは憶えていない。
ひょんなことから同じアパルトマンの階下に住むマダム・プルーストの部屋に迷い込み、そこで振舞われたお茶の力で過去の扉が開く。『失われた時を求めて』である。もちろんお茶にはマドレーヌなのである。マダム・プルーストの部屋は階段の途中にあるドアノブのない物置のもののような扉の奥で、内部では床板を剥がして床に直接植物を植えている。ベランダや天井に鏡をたくさん置いて、植物のために採光を確保しているという妙な手の混みようが可笑しい。彼女は温室みたいな様相を呈した部屋の中で怪しげな薬草だか茸だかを煎じてのませる商売をしている。よく考えたら途中階なので床板を剥がしたってその下が土であるワケがないのだが、なんとなく納得させられる異空間具合である。
登場人物は主人公も含めて奇妙な人物ばかりだ。ふたりの叔母は双子のように常にお揃いの色の服を纏い、調律師は盲目で、医者は下手な剥製を作っている。色もカラフルだけど人も様々、すべてがぐるぐると混ざり合って模様を作り出す。感情移入は少なめで奇矯な人をデフォルメたっぷりに描いて可愛らしいのだけどどこか突き放したようなでも幸せな、こういうフランスの不思議なセンスってあるな。
好い映画であった。