読了:「ザ・ロード」(コーマック・マッカーシー)

ザ・ロード

ザ・ロード

父と子は「世界の終り」を旅する。人類最後の火をかかげ、絶望の道をひたすら南へ―。アメリカの巨匠が世界の最期を幻視する。ピュリッツァー賞に輝く全米ベストセラーの衝撃作。

今さら感満載だが、去年ヴィゴ・モーテンセン主演で映画化されて話題となった原作本を読んでみた。映画の方も未見である。コーマック・マッカーシーといえば『ノーカントリー(映画邦題)』が有名らしいが、こちらも未見で未読。もともと『ノーカントリー』の原作である『血と暴力の国』に興味を持ち、国境三部作なるものを買ってみようかと思っていたところ、相方さんがこれを持っていたので借りてみたのだった。
タイトルからしてそうだが、あらすじに物語性はなく、ロードムービー(小説だが)のように道すがらに起きたことを淡々と綴る形式となっている。父と少年のふたりが、ときに狼藉者に襲われそうになり、ときに餓死しそうになりながら苦労を重ねて歩を進める。灰が降り積もり、人間以外の動植物が絶滅してから数年が過ぎているらしい。人工物も経年により色褪せ、周りのすべてがモノトーンに沈むなかで、父の過去の夢や思い出だけが色鮮やかである。実際には黄色い長靴や褐色の屋根なども出てくるのだが、読んでいてどうしてもモノトーンとしか感じられなかった。押し殺した絶望は色まで奪うのだろうか。
植物も動物も滅んでしまった世界では、生きるために人喰いが横行している。生まれたばかりの赤子や、弱い人間を捕らえて飼っておき、切り取っても命に別条ない手足から食べていくなど。しかし父子は絶対に人を食べないと決めている。それによって道行きは困難を極めるが、それでもそれだけはしてはいけないと。
父にとって、少年は良心の拠り所であり発露である。生きる目的でもある。人食いが大きな罪の隠喩であり、少年はひとが何のために生きるかということの象徴であることは想像に難くない。絶対に守らねばならないもの。そのために死ぬことになっても、犯せば人間ではなくなり生きる資格も意味もなくなるもの。『死守すべき一線』を、文字通りの意味で表したものである。
世界に何が起きたのか、はっきりとは説明はなされない。何故このような世の中になったのか、ひとひとりの一生にとっては大した問題ではないのだろう。現状がこうである。それに対してどのように生きるか。突き詰めた宗教的な姿勢でもある。父と少年は来るべき冬に向けて南を目指すが、そこに何が待っているのか何も待っていないのか、読んでいてもまったく判らない。それでもふたりはひたすら生き急ぐ。
まるで人生そのものだ。