『インド夜想曲』アントニオ タブッキ

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

不可思議な物語である。
ヨーロッパ人の描くインドらしいなというのが第一印象である。中身はというと、曖昧模糊としてよく判らない。思わせぶりな手がかりを辿る以外は前の章を引きずることなく、別の夜に見た別の夢のように独立したエピソードが並んでいる。それなのに、前へ進むごとに深みへ嵌ってあと戻りできなくなるような怖さがある。
「友人」の消息を辿る「僕」のすべては、最後の章に出てくる「友人=僕」が作った物語なのか。自分を探す誰かを生み出し配置する。自分で作った人物なので何に魅かれどうすれば前に進むか手に取るように判る。そうして己の越し方を辿るように手掛かりともいえないような誘引物を要所に残し、自分のいる場所までおびき寄せる。もし手掛かりを掴めなくとも、別個に本人がその場所まで行く用事があるので、必ず到達できるようになっている。
この迂遠さはどういうことなのだろう。しかもこれだけ周到にお膳立てしておいて、いざ到達した頃にはもう見つかりたくなくなっているのだ。
どちらの「僕」も中身は同じ「僕」なのか。他人になって追体験することで己の軌跡を辿る、客体となって何をか見たいというのが目的なのか。インドという国の見せる幻は己の内側に向かっていくことが多いようだ。