デウス・エクス・マキナ

ふと幸せだなと思ったのだ。私はいま、自由で生活に困っていなくて生命の危機もなく、とどのつまりは幸せなんだな。仕事は最後の追い込みで修羅場だし、もちろん他にもいろいろと思うところはあるけども、結局のところ人の幸せというのはそこそこの体調と精神の安定なのだろうな。

ほぼ50年生きてきて、人生に「これさえあれば大丈夫!」という魔法のアイテムは存在しないと思っていた。個々の問題は個々の問題であってそれをひとつの手段ですべて解決するなんて、そりゃあったらいいけど理屈に合わない夢物語である。幸運のペンダントひとつでコミュ障とハゲが治って可愛い彼女ができたりなんかしない、現実はもっと地味でつまらないものだ、しかしその地道な営みが尊いのであろう。そういうものなのだ。

なのだが、抑肝散を飲み始めて2週間で背中の凝りだけでなくほぼ全身の気になる自覚症状が軽減してしまったので動揺している。全部治ったわけではないが、だいぶ良い。良いし気持ちが上向いている。

細かいことは省くがこれまではとにかく不定愁訴のオンパレードだった。生きる屍が仕事だけはやっと維持していたようなもんだ。当然鬱屈して幸せどころではない。それがひとつの漢方薬でほぼ全部解決。なんてこった。まるでオカルトではないか。

前の記事では露悪的に「怒り」と表現したが、体感としては「我慢」が近いと思う。世間には意地悪な人も人間のクズもいる。どんだけ先回りして回避しようとしても、状況が悪かったり大人の事情で理不尽な目に遭うことをゼロにはできない。だいたい降って湧く不運にたまたま行き当たるのに理由などないのである。しかし結果的に我慢を強いられる。その我慢は一体どこへ行くのだろう。それが前から疑問だったのだが、どこへも行かないんだな。持って行き場のない煮え湯は胃の裏側にたまっている。たとえ何があったか覚えていなくともダメージだけは蓄積される。

何のためにこういう機序になっているのかわからんが、既に起きてしまったことを変えられない以上は溜め込んでも意味がない。そういうのを解消してくれるのが私にとっては抑肝散だった。これほどどこにどう効いているのか分からない薬は初めてだ。