読了:ブルーシャンペン(ジョンヴァーリイ)

ブルー・シャンペン (ハヤカワ文庫)

ブルー・シャンペン (ハヤカワ文庫)

精緻な金細工や宝石で飾られた人工骨格〈黄金のジプシー〉。宇宙にただ一台しかないこの夢の機械を装着した時から、少女メガンの人生は一変した。四肢麻痺患者として孤独な生活を送ってきた彼女が、自由に跳ねまわれるようになったばかりか、一躍世界的な人気スターとなったのだ。だが、その代償は、とびきり苦いものだった…表題作をはじめ、世界のSF各賞に輝いた名品6篇を収録する人気作家ヴァーリイの傑作短篇集。

以前に一度読んだことがあるはずなのだが、鳥頭のお陰で初めて読むような新鮮な気持ちで読むことが出来た。つまり内容を全然思えてなかったわけだが、1冊で何度も楽しめるのが安上がりというか読むだけ無駄というか。その中で何故か最後の『PRESS ENTER■』だけはちゃんと覚えていたのだった。
80年代SFである。全体的に若干のレトロさはあるものの、それは舞台装置や小道具のためであろう。

  • プッシャー

相対性理論では光速に近づけば近づくほど時間の流れるのが遅くなる。例えば宇宙を光速に近い速度で進む宇宙船の船内より、地球では長い時間がたつことになる。船内での6ヶ月が地球では60年というように。
流行だったのか、20年くらい前はこの設定がよくあった気がするのだが、最近はあんまり見かけないな。手垢のついた設定に『ロリコンおじさん』というミスマッチが絶妙である。

  • ブルー・シャンペン

宇宙空間に浮かぶ、オリーブの沈んだシャンペングラスを巨大化させたような遊戯施設が舞台。事故によって首から下が不自由になった富豪の娘は、金ピカの補助装置をつけて自由を取り戻す。しかしその代償はこの上なく苦い。

  • タンゴ・チャーリーとフォックストロット・ロミオ

『ブルー・シャンペン』と共通の登場人物が出てくる。月が舞台らしく、人々は地下に巨大な都市を築いている。隅々まで人工的に作られた中では、人々はほとんど服も着ない生活をしているというのが、逆説的で印象深い。環境整備された社会では枝に引っ掛けることもないし躓いて転ぶことも少なく、さらに転んだ先が石やアスファルトでなく柔らかい床だとしたら、外傷を防ぐという目的はあまり必要でなくなるし、暑さ寒さがクリアできれば何も着なくとも問題ないのだよな。しかし一歩外に出ると、そこは宇宙服と酸素ボンベがなければ即座に生命を維持できなくなるむき出しの宇宙空間であるのが、対比が鮮やか。
過去に疫病の蔓延したコロニーに多数の犬とたったひとりの生き残りが発見される。真空を隔てて生き残りの少女とのコミュニケーションを図り、様々な思惑や障害を乗り越えてひとりぼっちの彼女を救おうと奔走するが、その結末は皮肉なこととなる。少女・犬というメルヘンパートと、宇宙空間・疫病という荒々しい部分、それに現実的になにができるのかというシビアな選択が渾然一体となって、なんともいえない読後感である。

  • 選択の自由

人が服を着替えるように自由に性転換できたら、人の心や社会はどうなるだろう。性転換してみた人は、そこに何を見るのか。『自由』の持つ茫洋とした不安なような晴れ晴れとするような得体の知れない観念的な広がり。覗き込んだらもう戻って来られない。

クローンを自由に作れるとしたら。ブラックホールが話しかけてくるというのが絵本のようでシュールなんだが、その実、テーマはアイデンティティと狂気という重たさ。ヴァーリイは重たい内容を可愛らしく粉飾してシュールにしてしまうのが持ち味なのか。

  • PRESS ENTER■

コンピューター・ホラーというのだろうか。天才的なハッカーと見えない敵との攻防である。敵は古きものどもばりに不可視な、しかし巨大な力を持っているらしい得体の知れない組織のようなのだが、最後までその存在ははっきりしない。CIAでもFBIでも東側諸国でもない。世界中を覆っているが、その実態ははっきりしない。陰謀論のようで、しかし決定的な証拠を欠いたまま実感として危険が迫ってくる。あなた疲れてるのよ、モルダー、とヒロインがいまにも言いそうな。ヒロインはスカリーじゃないので言わないが。
主人公は身体的理由で諦めていた色彩豊かな日常をいったん手に入れるものの、その生活を彩るなんの変哲もない日用品が禍々しく見えてくる。こういうところが上手いんだなー。