最近の悩み

生活していくうえで、繰り返すこと自体が肝要なことがある。1日に1〜3回程度に分けて口からエネルギーを補給することや、1日に1度程度は身体を洗浄すること。それと掃除・洗濯・炊事・生活用品の仕入れ・出納管理といった細々としつつすべてが有機的に繋がってくる家事と総称されるような物事である。
最近、この繰り返すことへの回答がよく判らなくなってきている。
必要性ということであれば、極論は食べねば死ぬ。それに百年前ならいざ知らず、今は臭気等を発さない程度の衛生状態を保たねば社会生活者として欠格になってしまうということが挙げられる。それは判っている。もう少し現実に即したレベルでも掃除をすればすっきりし、美味しいご飯を食べれば楽しい。風呂に入れば気持ちが良くて、必要な手続きをしておけば後が楽になる。だからこそ人目につかない自室内の整頓状況などは自分が良ければ後回しにしても構わないわけだ。いままで充分に自分の面倒を見る時間はあったし、それが当たり前としてそれなりに手を抜きつつもやってきた。
そういうことではなく、目の前の作業を遂行することで得られる回答がよく判らなくなってきたのだ。クイックルワイパーのシートは常備しておかねばならないし、掃除機をかける前にも埃をはたいたり床の上にあるものを移動したりとなにかと手数がある。30分かけて作った食事は10分で食べ終わってしまう。遊ぶにも切符や宿の手配くらいは事前に計画を立てて手配しておかねば遊べない。洗剤を切らせては掃除も洗濯もできないし、風呂に入るには風呂掃除をしてお湯を張るほかに、排水溝に溜まった抜け毛を排除してときどきカビキラーで大掃除しなくてはならない。
そういった楽しむためや保つためのコストに対して得られるものの満足感が割に合わないような気がするのだ。平たくいえばいろんなことが億劫だ。食べるのが毎日じゃなくて済むと非常に楽になれるのだが、やっぱり腹は減るのでそうもいかない。生活とは面倒なものだな。